2010年04月
ヒラリー・コール『ユー・アー・ゼア~デュエッツ』
2010.03.17 VICJ-61617

2009年5月にデビュー・アルバム『魅せられし心』をリリースして日本デビュー。すぐさま数々のヒット・チャートに名を連ね、あっという間にその実力をしらしめたヴォーカリスト、ヒラリー・コール。その勢いに乗って早くも2作めをリリース。それがこの『ユー・アー・ゼア〜デュエッツ』。内容を一言で紹介すると、「全曲ピアノとのデュエットによるジャズ・スタンダードを中心にしたバラッド集」。この言葉は正確に内容を表しているんだけど、「ふーん、ありがちな企画だよね」と、このまま受けとめてもらってはちょっと困るんだな。
タイトルがなぜ「デュエット」ではなく「デュエッツ」なのかと気がついたあなたは偉い。実はそこが最大のポイントなのです。先ほどの言葉のアタマに「なんと12名ものピアニストをフィーチャーした」と付け加えてください。「ありがち」が一気に「あり得ない」になってしまうんじゃない?
と、もったいぶってしまいましたが、収録は14曲ですから、ほぼピアニストひとり1曲の演奏(ふたりは2曲参加)という贅沢な構成。しかも単に頭数で勝負なんていうレベルではなく、大御所中の大御所をはじめ、一流どころがずらりというすごい顔ぶれ。こんな企画は並の新人ではとうてい実現不可能なことは明白。つまりこれはヒラリー・コールが「超ド級実力派」という証明でもあるのです。
デュエットですから、ヴォーカルとピアノの1対1のやりとりです。ひとりで弾くピアノほど自由な編成はありませんよね。つまりさまざまなスタイルの演奏が出てくるわけです。ここでは12人いるので、12種類の伴奏スタイルですね。12種類ですよ。ましてや一流ピアニストぞろいですから個性もくっきり。にもかかわらず、コールはそれらをしっかりと受け止め、自分のスタイルでまとめ上げている。まず、ここがすばらしい。もちろんピアニスト12人の音と演奏スタイルの違いを楽しむという聴き方もアリ。単なる「伴奏」をやっている人はひとりもいないですからね。
と、さらにもったいぶってしまいましたが、ピアニストを紹介しながら1曲ずつ聴いていきましょう。
1.イフ・アイ・ハド・ユー/ピアノ: ハンク・ジョーンズ
ハンク・ジョーンズは1918年生まれの大巨匠。特に歌伴に関してはエラ・フィッツジェラルド、フランク・シナトラ、ビリー・ホリデイ、クリス・コナー、ヘレン・メリルなど名ヴォーカリストと数々の名演を残してきていますね。ここでは軽さと深さのバランスがゴキゲンな味わいだ。
2.エヴリ・タイム・ウィ・セイ・グッバイ/ピアノ: シダー・ウォルトン
シダー・ウォルトンはジャズ・メッセンジャーズでの活動がよく知られていますが、歌伴でもすばらしい仕事をたくさん残しています。ここでの演奏を聴けばそのセンスのよさがよくわかりますね。
3.イッツ・オールウェイズ・ユー/ピアノ: フレディ・コール
チェット・ベイカーのヴァージョンがよく知られているスタンダード。フレディ・コールはナット・キング・コールの弟で、兄同様ピアノ弾きであり、歌手でもある。というわけで、ここでは伴奏だけでなく、渋いノドも聴かせています。楽しい男女ヴォーカルのデュエット。
4.ラッシュ・ライフ/ピアノ: ケニー・バロン
ケニー・バロンの「デュエット」と言えば、スタン・ゲッツとの『ピープル・タイム』というすばらしいアルバムが思い出されます。デュエットの名手なのね。ここでは間奏のテンポのあるソロに注目。ゆったりとしたヴォーカル部分といい対比を作り、最後まで耳を離させない。
5.ジーズ・フーリッシュ・シングス/ピアノ: デイヴ・ブルーベック
ブルーベックは1920年生まれ。コールは孫の世代ということになるけど、それには何の意味もないと聴いていて思う。ブルーベックのピアノは実に美しく、コールの声と溶け合っている。
6.アイ・リメンバー/ピアノ: マイク・レンジ
マイク・レンジ(Mike Renzi)は1941年生まれで、古くは60年代にベン・ウェブスターとアルバムで共演。ヴォーカリストとはペギー・リー、ブロッサム・ディアリーらとアルバムを作っている。他の参加ピアニストに比べれば名前は知られていないと思うが、ジャズ以外にもさまざまな分野で活動中の実力派。
7.ハウ・ドゥ・ユー・キープ・ザ・ミュージック・プレイング/ピアノ: ミシェル・ルグラン
言わずと知れた映画音楽の巨匠でジャズ・ピアニストでもあるルグラン。この曲は1983年の映画『結婚しない族(Best Friends)』の主題歌でルグランの作曲。この曲は多くのカヴァー・ヴァージョンがあり、すっかりスタンダードとなっている。作曲者本人の伴奏とは、なんと贅沢な!
8.バット・ビューティフル/ピアノ: ハンク・ジョーンズ
ハンク・ジョーンズでもう1曲。曲はスタンダード中のスタンダード。ジョーンズのピアノはさすがにすごい余裕を感じさせる。
9.朝日のようにさわやかに/ピアノ: ベニー・グリーン
ベニー・グリーンは今回の伴奏者の中ではいちばん若いであろう1963年生まれ。とはいえすでにベテラン、もちろん何の遜色もない。いちばんタッチが強く聞こえるのはその先入観もあるのかな。
10.ストレンジ・メドウ・ラーク/ピアノ: デイヴ・ブルーベック
ブルーベックでもう1曲。この曲はあの「テイク・ファイヴ」が入っている大ヒット・アルバム『タイム・アウト』に収録されていたブルーベックのオリジナル曲。(7)同様、作曲者本人の伴奏。
11.ユー・アー・ゼア/ピアノ: アラン・ブロードベント
1947年生まれのピアニストで作曲家のブロードベントは、これまでチェット・ベイカー、ダイアン・シューア、シーラ・ジョーダン、ナタリー・コール、シャーリー・ホーンなどなど多くのヴォーカリストと共演してきている歌伴の名手。このアルバム・タイトル曲はジョニー・マンデルの作曲で、アイリーン・クラールの名唱で知られるが、クラールの伴奏者はこのブロードベントだった。
12.トゥ・フォー・ザ・ロード/ピアノ: スティーヴ・キューン
ヘンリー・マンシーニ作曲の映画音楽。日本語題は「いつも二人で」。スティーヴ・キューンはさまざまな顔を持つピアニストだが、ここでの伴奏はのびのびと歌うコールに合わせた大らかなイメージ。
13.オール・ザ・ウェイ/ピアノ: モンティ・アレキサンダー
ジミー・ヴァン・ヒューゼン&サミー・カーン作の大スタンダード。アレキサンダーは軽快なノリ。12人の中ではいちばんブルージーな味わいだ。
14.リスン・ヒア/ピアノ: デイヴ・フリッシュバーグ
フリッシュバーグは1960年代にはアル・コーン、ズート・シムズ、カーメン・マクレエらと共演、70年代からはスタジオ・ミュージシャンとして、また作詞・作曲家として活躍中。この曲はフリッシュバーグの代表作品のひとつ。ちなみにフリッシュバーグは「ユー・アー・ゼア」の作詞者でもある。
ピアニスト選びもたいへんだったろうが、それぞれの選曲もたいへんな作業だったに違いない。でもその甲斐と実力で、バラード集にもかからわらず、1曲もたるむところはない。何度聴いても聴き応えたっぷりの充実の作品となっている。
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